中田永一さんとは初めましてでした。読んでみたらちょっと陰があるけどさわやかな恋愛短編集でした。
本書の背表紙のあらすじにはみずみずしいとあったものの僕ならば一言付け足します。
みずみずしく、痛い恋愛小説だと。
ここからは一話ずつ特に気に入った一文を中心に書いていきます。本文のものには《》をつけます。
「百瀬、こっちを向いて。」
百瀬は先輩の浮気相手と言う噂があった。その噂から目を逸らさせるために、僕は百瀬と偽装カップルをすることとなった。
次第に百瀬に惹かれてしまうことになるのだが、キラキラした女子高生の百瀬に人間レベル2の僕は相手にされるはずがない。
百瀬への思いが高まるが、怖さもあることがわかるのが、次の一文だ。
《僕は10年後も20年後も、15歳だったときのことをおもいだして胸を痛めるのにちがいない。本来なら、そんなもの、感じずに済んだものを》
僕もその感情を知りたいという友達に対して気持ちをぶつける。
《「きみが言うそいつは怪物とおなじだぜ。胸の中で暴れだしても、どうにもできない代物だ。」》
その言葉に対して友達の返しが美しい。
《「怪物だって?そんなの、はじめて聞いた。どこの動物園にいるのかおしえてほしいよ。だって、そいつをひと目でも見てみたいって、僕は思ってるんだから」》
友達はさらに続ける。百瀬さんに連絡してみたらと。
なぜ偽装カップルという発想になるのかは分からないが青春してる。
主人公の自己評価の低さの中には友達も含まれている。僕たちは人間レベルが低いグループの人間だと。
そのあたりも痛く感じてしまうのだが、どうしてもそう感じてしまう学校内の状況があるのも事実だろう。
だからこそ友達の言葉が響くのだと思う。
今しかできないことを満喫していたことに10年後、気づいて欲しいものだ。
その時には友達にお礼を伝えに行く、素敵な青年であって欲しい。
僕も怪物を見に動物園に行きたくなった。
「なみうちぎわ」
高校生のわたし(姫子)は母から小学生の小太郎の家庭教師を頼まれて、引き受けることにした。
その後姫子は海難事故にあって5年間眠り続け、その間小太郎は看病してくれていた。
姫子の方が年上なのに精神年齢は小太郎の方が上というのが面白い。姫子は休学扱いにしてくれていた高校に退学届を出し、大検取得に向けて勉強を始める。健気なところに好感が持てる。
良かったのは小太郎と姫子のバレンタインデーの会話かな。ユーモアと愛がある。
《「半月ぶりだね。チョコレートもらった?」
「うん。でも、ぜんぶ義理だとおもう。女子はたいへんだな。みんなにああいうのをあげなくちゃいけないんだから」
「どういうのをもらったの?」
「手書きの手紙がそえられてて、愛の告白めいた文章が書かれているんだ」
どうやったらそれを義理チョコだと思えるのか聞きたいところだ。でも、まあいいか、とおもいながら、わたしはポケットからチロルチョコををとりだした。家を出るとき、台所の棚で発見したものである。
「はい、これ。いちおう、あげるよ」
「これは本命だよね」
「そう見えるの」》
バレンタインのチョコは何をもらうかよりも誰から貰うのかが大事なのだろうか。
たくさんは貰った事がないからわからないや。僕は親からもらったチョコもチョコをくれた人数に含めていたぞ。
《すべての生物は海から。〜》で始まる詩のような表現も素敵だった。
「キャベツ畑に彼の声」
テープ起こしのアルバイト中に今インタビューを受けている覆面作家は私が通う学校の先生の声だと気付く。秘密で繋がり、仲良く話すようになった2人だったが、私は先生に惹かれていくのに、先生には女の影があった。
そんなある時、関係性が変化してもいいから、想いを伝えようと手紙を書くことにした。
《心の中でふくらんでいた言葉たちは、もう畑においておけないくらいにおおきくなっていて、出荷しなくてはいけない状態だった。便せんに一文字ずつ書いていると、日本語のひとつひとつの文字が、まるいキャベツみたいに見えてきた。かつてわたしに告白をした男の子も、今のわたしとおなじように、言葉を体の外にださなくてはどうにもならない状態だったのかもしれない。本を書いたり、エッセイを引き受けたりした先生もおなじだ。》
表現がとても美しいが、自分が大変な時に先生のことだけでなく、告白してきた男の子のことも考えることができるのが美しい。
これが本当に、やさしいということではないだろうかと思える。
「小梅が通る」
美人すぎてたくさんの問題の原因となってきたわたし(柚木)は親友だと思っていた子から「あなたのことを心から好きになる人なんていない」という呪いをかけられたこともあり、ブスメイクをして学校に通っている。
親友は「あなたといても私がみじめになるだけ」とも言っている。
ブスメイクは口に脱脂綿を含み、顔にホクロを書くほどの徹底ぶりだ。
ある日すっぴんでクラスメイトの寛太に会ってしまい、わたしは妹の小梅だと嘘をついてしまうが、案の定寛太は小梅が好きになり、わたしに「妹に合わせろ」と迫ってくる。
嘘の妹のことで繋がる二人の行く末はいかに。
気に入った一文は書かないことにする。
素敵な話だったが、それと同時に痛みが激しかったのだ。痛みの原因はやはりブスメイクだ。
基本的には持ってる者より持たない者の方が悩みは深いだろう。持たないからこそ生まれる悲劇は多い。
性格が悪い金持ちか性格の良い貧乏か、どちらかになれるとしたら、僕は迷わずに金持ちを選ぶだろう。
もちろん持つ人にも悩みは多いのだろうし、なかなか理解されづらいことも辛いのだろう。
しかし、巨乳で肩がこるとか、食べても食べても太れないとか言うと一瞬で友達を失いかねない社会に僕たちは生きているのだ。
抑えているのにみんな私を好きになっちゃうのと言う人に出会ったことがあるが、周りは冷めた目をしていた。
柚木の友達は暗いグループに属していて見た目もパッとしないが、柚木はその中が心地いい。
しかし、嘘をつくことは相手を信用してないことだし、それがブスメイクということは相手の容姿を一番に気にしているといこと。
残酷なまでの自意識過剰さが、痛いのである。
彼女を呪いから解き放つことがてきるのは寛太と友達だけだ。
結びの一文が素敵だったのも素晴らしい。
全編を通してひらがなでの表現が美しい一冊でした。
ひらがなを使うとやわらかさとやさしさが漢字よりも伝わる気がしますね。
四編とも不器用で恋に苦しむ人物が主人公なのが共通点でした。
四人は恋をすることで強制的に自分と向き合わされ、痛みを感じます。やはり痛みがないと青春という感じはしませんね。僕も恋をしたくなりました。
あと著者のことを調べていた時に、中田永一さんと乙一さんが同一人物だと知りました。
初めましてじゃなかったのかと驚きましたが、以前乙一さん著の「君にしか聞こえない」を読んだ時のこと思うと納得です。
今回は過去最長の長さになってしまいました。四回に分けようか本気で考えましたが、素晴らしい本だと伝えるためにはこの方法しかなかったと考えました。文句なくおすすめの一冊です。